2017年5月8日

5/8-6/30期間限定公開作品「立つ瀬がない」

【登場人物】

教官…自動車教習所の教官。
教習生…路上教習をうける生徒。

[意味] 面目を失う。立場を失い、苦境におちいる。
車のドアが閉まる音が、二回鳴る。

C・I
設定は車内。
教官は上手側、教習生は下手側の椅子に座っている。

「はい、じゃあ、座席の位置合わせて~」

教習生、座席を合わせる。

「ミラー合わせて~」

教習生、ミラーを合わせる。

「シートベルト締めて~」

教習生、シートベルトを締める。

「はい、エンジンかけて~」

教習生、エンジンをかける。
エンジンがかかる音。

「フットブレーキ踏んで~」

教習生、フットブレーキを踏む。

「チェンジレバー、Dにして~」

教習生、チェンジレバーを動かす。

「ハンドブレーキ、完全に戻して~」

教習生、ハンドブレーキを戻す。

「フットブレーキから、ゆっくり足離して~」

教習生、フットブレーキから足を離す。

「はい、ゆっくりアクセル踏んで出発」

教習生、アクセルを踏む。

「そのまま教習所内一周して下さ~い」
「はい」
「(手元のノートを見ながら)え~っと、路上教習は今日で…三回目?」
「はい」
「教科の授業で、僕、担当だったやつとか受けた?」
「いえ、ないです」
「じゃあ、今日が思いっきり初対面か」
「はい」
「(手元のノートを見ながら)え~っと、あっ!…ハハハ!北田(きただ)さんっていうんだ!僕、南野(みなみの)っていうの!北と、南だ!面白いね~!逆方向だね!ハハハ~!よろしくお願いしま~す」
「お願い致します」
「はい、じゃあ、教習所を左に出ましょ~。左右確認して~」

教習生、フットブレーキを踏み、左右確認。

「はい、来てないね、左折~」

教習生、左折。

「はい、そのまま真っ直ぐ行ってね~」
「はい」
「は~…そっかぁ…北田さんね~…北と南!逆方向かよ!」

教習生、特に反応なし。

「路上三回目か~。じゃあ、運転の操作なんかは慣れたかな?」
「はい」
「そっか~。でもね、油断しちゃダメだよ~。初心を忘れずにね。何だかんだ言っても教習生っていうのは、デブの素人だから」

ウィンカーの音。
教習生、無言で車をゆっくりと左に寄せ、停車。

「…え?え、え?どしたの?急に車、停めて…。(タイヤの位置を確認して)うん、路側帯は踏んでないね」
「何でしょうか、デブの素人って」
「え?」
「何でしょうか、デブの素人って」
「…え?え、デブの素人?…あ、知らない?そうゆう言葉があるんだよ。まるっきりの素人って意味でさ」
「それは、ずぶの素人です」
「え?」
「デブではありません、ずぶです」
「…ん、何、ずぶ?」
「はい」
「え~?デブであってない?」
「あっていません。デブの素人だと、専門的知識や経験のない太った人という意味になってしまいます。それとも、私のことを太っていると仰りたいのでしょうか?遠まわしに」
「いやいやいや!そんなつもりは…!でも、知らなかったな~、ずぶの素人っていうんだ~。僕、ずっとデブだと思ってた。変な言葉だとは思ってたんだけど」
「今まで、デブの素人と使っていたのですか?」
「うん、教習生皆にデブデブ言ってた。…最悪だね~、アドバイスのつもりが、ただの悪口になっちゃってた」
「差し出がましいようですが、曖昧なまま覚えた言葉は、使わないほうがよいかと思います」
「そうだね」
教習生、後ろの安全を確認し、出発。

「…え?これ言う為に、今、車停めたの?」
「はい」
「…何も停めなくてもよかったんじゃない?」
「しっかりと訂正させて頂きたかったので」
「…あ、そ~…」
「いけませんでしたか?」
「いや、そんなことないよ。ちゃんと安全確認して停まってたし。…は~、でも何か…変わった子だね、北田さんって」
「そうですか」
「うん。教官やってるとね、いろんな子に会えて楽しいよ。袖振り合うもタショウの縁ってね!」

教習生、何か考えるような仕草。

「多かれ少なかれ、いろんな縁があるってことなんだよね~」

ウィンカーの音。
教習生、無言で車をゆっくりと左に寄せ、停車。

「…あれ?また止まるの?…うん、路側帯オッケー」
「多少、ではありません。多生です」
「…え?」
「南野教官が仰った、タショウとは、多い少い、と書いての多少だと思うのですが、そう解釈してよろしいでしょうか?」
「はい、よろしいです」
「そうではなく、多く生きる、または、他に生きる、と書いて多生です。つまり、袖振り合うも多生の縁とは、ちょっとした出来事すべてが前世からによる因縁だ
という意味なのです」
「…へ~…」
「なので、多少ではないのです」
「…あ、そ~…。僕、生きてればちょっとした縁があるよ、みたいな…いろんな人と出会えるよ、みたいな…そんな意味だと思ってた」
「申し上げにくいことですが、それは大きな間違いです」
「うん、そうみたいね」

教習生、後ろの安全を確認し、出発。

「あ、またその為に停車したのね」
「はい」
「…うん、変わってるよ、北田さんって…」
「そうですか」
「うん。…あ、次、左ね」
「はい」

教習生、左に曲がる。

「…あっ、雨?」
「はい、降ってきましたね」
「じゃ、ワイパーつけよっか。左のやつ」
「はい」
「雨の時って運転しづらいでしょ?」
「そうですね」
「でもね、こうゆう雨模様の時に教習しとくのも、いいもんだよ。勉強になるから。免許取った後で雨を初体験ってなると、怖いからね~」

ウィンカーの音。
教習生、無言で車をゆっくりと左に寄せ、停車。

「ん~…、また停車ですか~…ここ二車線だから、停車しちゃダメなんだけどな…」
「雨模様、と仰いましたか?」
「…うん」
「雨模様とは、雨が降りそうな空の様子をさす言葉です。ですから、雨が降っている今の状況では使いません」
「えっ、そうなの?」
「はい」
「知らなかった~、降ってる時のことをいうんだと思ってたよ」
「覚えて頂けましたでしょうか」
「はい」

教習生、後ろの安全を確認し、出発。

「…いちいち止まるの面倒じゃない?」
「いえ」
「あ、そう…。あ、次の信号、右行くから、この辺で車線変更しようか」
「はい」

教習生、右に車線を変える。

「おぉ、上手い、上手い」
「ありがとうございます」
「お、ちょうど信号青だね。そのまま右に右折~」
教習生、右折。
「対向車もきてなかったし、キレイに曲がれたね~。北田さん、上手いね、運転」

ウィンカーの音。
教習生、無言で車をゆっくりと左に寄せ、停車。

「あれ~?また止まるの~?僕、何か言った~?…あ、路側帯、踏んでる」
「ここ狭いので、少々、寄せました。交通の妨げになってしまいますから」
「じゃ、止めないでよ…」
「右に右折と仰いましたか?」
「…え?」
「右に右折と仰いましたか?」
「ん~?…あぁ、言ったかなぁ?え、それが何か?」
「重ね言葉になっています」
「重ね言葉?」
「はい。右に右折する、と言ってしまうと、同じ意味の言葉が二つ出てきてしまっ
ているのです。例えば、頭痛が痛いだとか、馬から落馬するだとか」
「あぁ…」
「今の場合ですと、右に曲がりなさい、もしくは、右折しなさい、だったのですが、南野教官は、その二つを合わせてしまい、重ね言葉になってしまっていたのです」
「…ん~、それは間違った言葉づかいなわけ?」
「はい、あまりよくない日本語です」
「…わかりました」

教習生、後ろの安全を確認し、出発。
教官、今のことをちゃんと理解していない様子。

「(ブツブツと)右だから…右折だよな?左だから…左折…ん?…右…左…」
「次の交差点は、どのように行けばよろしいですか?」
「え?えっと…ん~っと…えっと…右に!右に左折して!」

教習生、急ブレーキをかける。

「おわっ!」
「どっちですか!」
「えぇ?」

後ろの車から、激しくクラクションを鳴らされる。

「(振り向いて)うるさいなぁ!!」
「えぇ~?…あぁあぁあぁあぁあぁ…とにかく、車!車、端に寄せよっか!ね!」

ウィンカーの音。
教習生、無言で車をゆっくりと左に寄せ、停車。

「…どうゆう意味でしょうか、右に左折とは。どのように右に左折すれば、よいのでしょう。物理的に不可能だと思うのですが。それとも、私の運転技術の至らなさ故に、そう思うのでしょうか」
「いや、違う違う違う!…うん、無理だよね、右に左折なんて!ここから、パカッて二つに分かれて右と左に行けってカンジだもんね、右に左折って!うん、無理無理無理!ごめん、間違えた!」
「はい」

教習生、後ろの安全を確認し、出発。

「…はい、じゃあ、普通に…ね。そこの交差点を…(考えてから、物凄く慎重に)右に曲がって下さい…!」
「はい」

教習生、右折。

「で、すぐ…え~っと…左!」
「はい」

教習生、左折。

「はい、しばらく真っ直ぐね」
「はい」
「…はぁ…何か疲れちゃったな…。あっ!ここ潰れてる!…あ、閉店セールだったのか~。だ~から、あんな混んでたんだな~。あのね、先週…だったかな?ここ教習で走ってたらさ、路上駐車してんのが、すっげぇいっぱいあったの!何だろ~と思ってたんだけどさ、あれだわ。今、通り過ぎたスーパーが潰れてたから、きっと先週、閉店セールだったんだよ。だから、あんなに路駐あったんだな~」

教習生、興味がない様子。

「ホント、すごい混み様だったんだよ!も~、上へ下への大騒ぎ!」

ウィンカーの音。
教習生、無言で車をゆっくりと左に寄せ、停車。

「ん~…停車の態勢とってる…また、何か変なこと言っちゃったかな…。ってか、二車線だから、止めちゃダメ!」
「緊急事態ですから」
「緊急でもないでしょ」
「へ、ではありません。を、です」
「…はい?」
「上を下への大騒ぎ、が正しい慣用句です。上へ下への大騒ぎ、という慣用句は、
ありません」
「…あ、そ~…」
「あ、そう、ではなく、覚えて下さい」
「何か、北田さん、口調が怖くなってきたよ…」
「あまりにも、教官が言葉を間違えるからです」
「…すんません…」

教習生、後ろの安全を確認し、出発。

「次、右に右折…」

教習生、教官を睨む。

「(教習生の視線に気付き)じゃなくて…!右に曲がるから、この辺で車線変えとこうか」
「はい」

教習生、右に車線を変える。

「この車線だと、停車出来ないので、間違った言葉使わないで下さいね」
「怖いってば~…。ってか、もう、いちいち止まんなくていいよ!」
「間違いは、その場で確実に訂正しなければ、間違えたままになってしまうものです」
「じゃ、止めないで口でだけ訂正して」
「その前に、間違えないで下さい」
「…怖い…そんな目頭立てないでよ…」
「目くじらです。目頭なんて立てられません。わざとですか?」
「わざとじゃないよ~…怖いよ~…あ、そこ右折ね」
「はい」

教習生、右折。

「はい、ここからは、道なりに。道が狭いから歩行者とスピードの出し過ぎに気をつけてね」
「はい。南野教官は、言葉づかいに気をつけてくださいね」
「(ボソッと)…何で生徒に、そんなこと言われなきゃならないの…どっちが教習受け
てるのか、わかんなくなってきた…。もう、喋んないようにしよ」

しばらくすると、教官、何やら苦しそうな様子。

「…ぷはっ!アハハ!黙ってたら、息まで止めてた…!アハハハハ!…はぁ…はぁ…は~…喋んないのは、つまんないな~…。でも、喋ると怒られるし…。難しい言葉を使わない、明るい話題ってないかな…あっ!」
「何ですか?」
「来年、友達が結婚するんだぁ!」
「それは、おめでとうございます」
「二人共、高校時代の友達なんだけどさ~、その結婚に至るまでには、いろいろあってね~。まず、その友達…あ、男のほうね、ってのが…中学の時から一緒なんだけど、ま~、そん時からどうしようもない、張り紙つきのワルでさ!」
「折り紙つきです。それに、悪い意味の場合は、折り紙つきとは言わず、札つきと言います。どちらにしろ、張り紙つきとは言いません」
「…はい…。ま、とにかくワルだったのよ!でもね~、そいつも彼女と出逢って変わったのよ。彼女のお父さんって、結構大きな会社の社長でさ、社長の座、目当てで付き合ってんじゃないか、なんて言われてた時期もあったんだけど、ほら、人の噂も四十九日って言うじゃん?」
「言いません、七十五日です。四十九日は法事です」
「…あ、そっか…。あ、次、左」
「はい」

教習生、左折。

「どこまで話したっけ…あ、とにかく!噂なんか気にせず、付き合ってたわけよ。で、いよいよ結婚しようって話になって、彼女んちにあいさつに行ったんだって。そしたら、彼女の親父さん、理解ある人でさ~、娘が好きになった男なら信用出来るとか言ってくれて!即オッケー!感動だよ~!」
「もう少し、順序立てて話して頂かないと全く感動出来ません」
「中学、高校とワルだったあいつもさ~」
「無視しましたね」
「根は真面目で純粋ないい男なのよ!彼女に婚約指輪をプレゼントしたいけど、金がない。普通のただのワルだったら、盗むじゃん?それを、あいつはちゃんと言ったんだよ、彼女に!そしたら、彼女なんて言ったと思う?二人でビーズで作りましょう…だって!か~!二人で作ったビーズの指輪、あいつらは左手の薬指に、
いつもつけてるんだよ。それこそ、片身離さず…」
「肌身離さず、です」
「そう、肌身!言ったよ、肌身って!」
「そうでしたか。片身と聞こえたので…」
「肌身!肌身って言った!」
「(呆れて)失礼しました」
「は~…いい結婚式になるだろうな~…。あ、左」
「はい」

教習生、左折。

「ウエディングソングの流れる中、新郎新婦の入場です!」
「流れる、は別れをイメージさせる不吉な言葉として、結婚式ではタブーとされています。曲と共に、等の表現が適切だと思いますが」
「…あ、右」
「はい」

教習生、右折。

「…新婦の手紙朗読の後なんて、皆、感動してるんだろうね!再び大きな拍手を~!」
「再び、もタブーです。再婚を連想させてしまいますから」
「…もう一度!」
「同じ意味です。この場合は、さらに盛大な拍手を、ではないでしょうか」
「…教習所着いたんで、車を元の場所に戻して下さい…」
「はい」

教習生、車を止める。

「はい、ワイパー止めて」

教習生、ワイパーを止める。

「フットブレーキ踏んだまま、ハンドブレーキ」

教習生、ハンドブレーキを上げる。

「チェンジレバー」

教習生、チェンジレバーを動かす。

「エンジンきって、フットブレーキから足、離す」

教習生、エンジンをきり、フットブレーキから足を離す。

「じゃ、シートベルト外して」

教習生、シートベルトを外す。

「はい、終了です」

教官、シートベルトを外す。

「…疲れたね…」
「はい。いろいろと」
「北田さんは…うん、運転に問題はないです、はい」
「ありがとうございます」
「もともとセンスがあるんだね、きっと。うん。すごいすごい」
「とんでもないです」
「(物凄く嬉しそうに)あっ!それ、とんでもございませんじゃない?」
「いえ。とんでもない、で一つの形容詞なので、とんでもございませんとは言いません」
「…あ、そう…」
「はい」
「…じゃ、次の路上もこの調子で…」
「はい」
「…出来れば、もう一緒に乗りたくないや…」
「正直な方ですね」
「だって、僕の立つ瀬がないんだもん…」

教習生、教官をジッと見る。
教官、しまったという顔。

「それは、あっています。素晴らしい」
「あ~、やっぱ立つ瀬がない…!」
C・O

END

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